教会だより

2017年11月730号

霊魂の行方

アダム・クジャク】

 カトリック教会の典礼で11月は死者の月と呼ばれています。戸部教会では死者の月は信者に限らず亡くなられた家族、親戚、友人のために毎日ミサをあげ祈っています。皆さんは自分の死について考えたことがありますか?人間は死んで火葬場で焼かれてしまったら、骨以外何も残らないのでしょうか。体から霊魂が離れるとどうなるのでしょうか。死んだら、もう何も残らないと思いますか。自分がこの地上の生涯を終えた時、どこへ行くのか考えたことがありますか。自分という存在は、死をもって無くなってしまうのでしょうか。

そんな事はありません。肉体は朽ち果て土に還っていきますが、霊魂は不滅ですので永遠に生きています。ではどこで生きているのでしょうか。

レイモンド・ムーディというアメリカの医師で心理学者の彼は、死後の世界を研究されました。「垣間見た死後の世界」と「死者との再会」という本の中で臨死体験した患者と話しをして、彼らの死後の体験をまとめて記されました。そして人間は死にかけた時に、以下の10の経験をすると結論付けました。

 1 死の宣告が聞こえる。(心臓の停止を医者が宣告したことが聞こえる)                  この段階で既に、病室を正確に描写できるなど意識が覚醒していることが多い。

2 心の安らぎと静けさ、言いようのない心の安堵感を得る。      

3 耳障りな音 ブーンというような音がする。           

4 暗いトンネル のような筒状の中を通る。            

5 物理的肉体を離れる体外離脱をする。              

6 他者との出会い。死んだ親族やその他の人物に出会う。       

7 光の生命に出会う。神のような精神的な存在との遭遇。     

8 自分の過去の人生が走馬灯のように見える。人生回顧(ライフレビュー)の体験。

9 境界あるいは限界死後の世界との境目を見る。

10 蘇生:生き返る。肉体への回帰。

もう一人アメリカの脳神経外科医でエベン・アレグザンダーという人が、著書「Proof of heaven」(天国の証拠)にこう書いています。自分は無神論者で霊魂などあり得ないと考えていました。ところが2008年に病気になり臨死体験をしました。『自分の死んだ身体を離れた上の方から見ていた。死んでいるはずなのに周囲の人の声が聞こえる。これは聴覚が働いているのか、脳も神経も働かないはずなのに、自分の過去をあれこれ思い出している。自分の今までの研究からいえば、外から知識を脳に入れ、それが意識として働く。死んだらもう全部の感覚が停止するという結論だったはずなのに、死んでからも意識が働いていた。これは意識を生み出すのは脳では無いのか、また意識は肉体が死を迎えた後も存在し続けることだということを体験し、すごいショックを受けた。』後に蘇生した時に、これを科学的に解明することは可能であるのだとわかり、今でも死ですべてが終わるのではないと強く主張しています。この経験で彼は回心し、信者となりました。

人間の霊魂をコンピューターに例えると、生まれた時から霊魂のハードディスクに良いデータ、悪いデータ、様々なデータを入れていきます。集まったデータによって人間の性格、考え方が現れます。生きているうちなら、データは入れ替えることが可能です。罪を犯した霊魂は「ゆるしの秘跡」で、または良い行いによって、これを変えることが出来ます。しかし死がくれば、魂はその時点から動かせなくなってしまいます。良いデータの持ち主は天国へ、悪いデータすなわち汚れた霊魂は地獄に送られます。しかし神さまのあわれみでもう一度チャンスが与えられます。それは煉獄です。煉獄にいる霊魂は私たちのミサ、祈りで清くなり、清くなったら天国に行かれます。 死者の月は毎日のミサに与り、煉獄の霊魂たちが一日でも早く天国に行かれるように、祈りましょう。

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