教会だより

2023年07月798号

聖ポンピリオ・マリア・ピロッティ

【ラジュ・アントニー】

7月になりました。カトリック教会の伝統では、5月は聖母マリアに捧げられ、6月はイエスのみ心に捧げられています。そして7月は、エスコラピオス修道会の修道者にとっては、聖ポンピリオ・マリア・ピロッティ(1710年―1766年)への特別な信心の月です。7月15日が、この聖人の祝日(記念日)に定められているからです。

聖人たちの伝記を読むと、いつも驚きがあります。その驚きの中から、その聖人に倣ってイエスに従おうというインスピレーションが生まれてきます。聖ポンピリオの生涯も、そのようなものでした。彼は、どのような任地へ送られても、そこで人々と大変親しくなりました。このため、次の任地へ転任することになったとき、誰もが彼を引き止めようとしました。彼は自分の父親に宛てて次のように書いています。――「実際、私の退任を知るやいなや、メルフィ(イタリア)の人々は皆学校に駆けつけ、院長様に対して、とにかくその異動を中止するようにと願い出たのでした。」このようなことは現実に、聖ポンピリオの生涯の中で繰り返されました。彼が従順によってその場を離れざるを得なかったすべての場所で、それは起こったことでした。彼の転任は、教会当局や世俗権力からの迫害による追放のためか、それに近い状況によるものでした。しかし人々はいつも彼を信頼していました。彼らは、聖ポンピリオの、情熱的で、愛情豊かで、人のために自分を差し出すような、思いやりのある性格に、温かさを感じていました。

聖ポンピリオの生涯を通して表された美徳を、人々は理解していたのです。彼の死の直前の、次のような堂々たる証言は、聖ポンピリオが、父親から教わった美徳を、全生涯持ち続けていたことを証ししています。――「私は何年もの間、エスコラピオス学校で暮らしてきました。私はその間、どれほど小さな危害でさえ、それを誰かに与えたという覚えはありません。一匹のアリに対してさえ、そうです。それどころか、私は皆に善を行いました。私たちの中で『私はポンピオ・マリオからこのような無礼を受けた』と言えるような人は一人もいないですし、これからもいないでしょう。」

世俗権力や教会当局からは迫害を受けたものの、聖ポンピリオのうちには、神の霊が働かれていました。彼の次のような発言が残されています。――「私は、無知な人間です。ところが私が説教壇に上がるやいなや、私は私自身ではなくなります。大変有難いことに、働いて下さるのは神なのです。……私は総告解を聴くことで非常に忙しいのですが、私が公の場で口にした少しの言葉によって、全ての人が心を動かされました。今や、大いなる収穫の刈り入れのときです。」聖ポンピリオの、エスコラピオス修道会に対する偉大なる愛は、次のような言葉に表されています。――「私は私の貧しき修道会を愛してきましたが、しかし、私は修道会のために何をしてきたでしょうか。私は今、ただの教師でいたいと思います。そうすることで、私たちの福者(当時)カラサンス神父様に仕えたいのです。ああ、わが修道会のために命を落とすほどの栄誉が頂けるなら!」

聖ポンピリオに宿る聖霊の働きによって、彼には、思ったことを率直に発言する自由さが与えられました。彼の次のような祈りは、そのことを証ししています。――「イエス様、エスコラピオス学校において、私は何と多くのことに苦しめられてきたことでしょう。ああ、わが神よ、何という事件!住み慣れない管区に住むことに、誰もが耐えられるわけではないです!これほど多くの苦い果物を消化するには、良い胃を持っている必要があります…。そして皆の世話を平等に行うためにも。誰一人避けることなく、まるで耳が聞こえず、目が見えず、口がきけない人のようになりながら…。なぜなら私たちは修道者なのですから。だからこそ、忍耐と慎重さが必要なのです。 」

聖ポンピリオの次の証言は、神の栄光のためにすべてを捧げる、彼の謙遜さを表しています。またそれは、彼が生前最後の日々を過ごしたカンピ(イタリア)の共同体が、変貌を遂げたことに関する、彼の偉大な活動と成功を明らかにするものです。――「神は、聖母マリアの奇跡のおかげで、私を生かし続けて下さっています。そして私には、神が何か素晴らしいことを望んでおられるのが分かり、それを自分の手で触れて感じています…。神を誉め称えることは、私たちの快適さよりも優先されるべきです…。私が働き、眠り、食べる、その唯一の理由は、このためです:神の栄光、神の栄光、そしてそれ以外の何ものでもありません。私は、貧しいメンバーとして共同体に奉仕しながら、ここカンピにいます。喜びを感じていましょう。私たちの痛みは取り去りましょう。神を愛しましょう。そうすればすべてがうまくいきます。 」

聖ポンピリオ・マリア・ピロッティ、私たちのためにお祈り下さい。

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