教会だより

2021年07月774号

祈りとは?

アダム・クジャク】  

祈りとは、何でしょうか?それは神との関係を保つために努力することです。言い換えれば、創造主と繋がりを保つことです。私たちはテレビを見る時に、放送局のチャンネルと自宅のアンテナの周波数を合わせます。チャンネルを変えるとき、室内アンテナの周波数も変わります。放送局の周波数とあなたのテレビが一致すると、あなたはテレビの画像を見ることが出来、音も聞くことができます。しかし放送局との周波数が異なると、あなたは画像を見ることも、音声も聞くこともできません。

祈りもあなたの心と、神の心の周波数を合わせる努力をすれば、神の言葉をはっきり聞くことができ、もしかしたらイエスの姿も見られます。

聖ファウスティナ、ファティマの子供たち、ルルドの聖ベルナデッタなど、他に多くの聖人たちは神との良い結びつきを保つ能力が大きかったため、直接イエスや、聖母マリアまたは天使と対話することができました。

「心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る。」(マタイ五章八節)神と遭遇するにきわめて重要な要素は清い心、罪のない人生です。心の清い人は支障なく神と調和することができて、神と繋がりを持つことができます。

「正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします。」(ヤコブの手紙五章十六節)反対に罪は常に神との繋がりを断ち切ろうとさせます。罪で汚れてしまった心では神から離れてしまいます。

祈りについて三つのすすめ。

第一:神があなたのそばにおられる、即ちあなたの父、そしてあなたは神の最愛の子であると意識しないうちに、祈りを始めないほうがいいと思います。祈りのなかで、私たちはしばしば神に向かってうつろになります。例えば、話し相手があなたに注意を向けないで、あちこち見たりして、あなたを無視していることを想像してみてください。同様に私たちは祈りの最中でも誰にむかって祈っているかを忘れて、神を無視してしまうのです。

第二:祈るとき、神に向かって何を言いたいか、自分の口から出る言葉に自分自身理解していなければなりません。テープレコーダーで繰り返されている祈りのようにならないようにしましょう。

「また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。」(マタイ六章七節)

第三:祈りの中で、私たちは多くを語る必要はありません。話すよりむしろ神の話すことに耳を傾けなければなりません。

「『主よ、お話ください。僕は聞いております。』と言いなさい。」(上サムエル記三章九節)。祈りは対話です。対話はお互いが聞いたり、話したりすることによって情報を伝え合わなければなりません。我々のかかえている困難な問題をどう解決するべきか、我々が欲する物は何か、神は皆ご存知です。むしろ神があなたに言わなければならないこと、神のみ旨を知ることが重要です。

皆様の願いがかなえられるように、祈りのサポートを約束します。

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